道路利用者会議意見発表

令和8年7月21日に行われた「令和8年度神奈川県道路利用者会議」での町としての意見発表を掲載します。

只今ご紹介いただきました。中井町の戸村裕司です。「令和8年度神奈川県道路利用者会議」において、このように意見発表の機会をいただきましたこと、心より感謝申し上げます。

中井町は県南西部に位置する、人口約9000人の小さな町です。町域は20万平方メートルで東京・港区とほぼ同規模です。北部に東名高速道路秦野中井インターチェンジが開設されており、都心から車で約1時間、約65キロメートルの距離にあります。

私は、中井町の今の姿は、先人の知恵によって築かれてきたものだと実感しています。

約120年前、明治41年(1908年)、井ノ口村と中村が合併し、中井村が誕生、昭和33年(1958年)、町となりました。現在の町域は、約5万年前、活発に活動した渋沢断層とその隆起によって形成された大磯丘陵の一部と重ります。先人はこの土地の特性を理解し、合併したのだと思います。

その証左に、100%地下水で賄われる本町の水道水は、その水源も、町外からの影響を受けにくいことから、まるで「お椀」のように町域と一致し、地下水を蓄えていると考えられ、生物多様性も維持されています。

この貴重な水資源を守るため、町では昭和50年(1975年)に定めた「開発指導要綱」や「地下水採取に関する指導要綱」で、民間による井戸の掘削を規制してきました。これも先人の知恵であります。

その後、昭和56年(1981年)に秦野中井インターが開設され、そこに昭和63年(1988年)、グリーンテクなかいが生まれ、中井町は大きく変貌しました。水を多く使用する、医療機器メーカー研究所、製麺工場などの製造業を受け止め、先ごろは半導体製造装置を手掛ける事業所を誘致できました。

現在、秦野中井インターチェンジ周辺において、秦野市さんと協力して進める土地区画整理事業では、新たな産業拠点整備を進めていますが、

その奥では同時に土地改良事業が動いており、大規模施設営農、いわゆる大型ハウス栽培を手掛ける農業法人の誘致を目指しています。

現在、ある農業法人が中井町に進出する計画を持っていますが、インター至近の利便性と水の安全性が魅力であると考えます。

そこから生産された、工業製品、食品等は当町をとりまく道路交通網である高速道路、国道、県道、市町村道路を経由して周辺地域はもとより、全国へ流通されています。私も道路を管理する者として、懸案事項であった旧県道約2km を令和7年4月に移管を請け、130km弱の道路の安全かつ円滑な交通確保に努力しております。

鉄道駅のない中井町にとって、道路も知恵の塊なのです。道路交通網はもとより、実現までに長年かかる道路計画であっても、そのことが言えます。

私事ですが、我が家は東名高速道路中井パーキングエリアの北側に居を構えています。

毎日、東名オーバーブリッジ「滝ノ上橋」を渡る際に上下線の車両の流れや PAにピアノの鍵盤の様に停車するトレーラー群を眺めながら通勤します。わずか数秒間に見る車の流れが私には、我が国の血液の流れの様に感じます。これらの経済活動が社会を造り、生活を安定させていると日々感じずにはいられません。

しかも道づくりは本町単独ではなしえない、周辺市町村、県、国の皆様とともに、今の課題を受け止め、未来の姿を描き切っていく知恵の結晶であります。

中井町周辺の新たな道路整備については、秦野中井インターチェンジへのアクセスを強化し、既存道路の急勾配かつ道路幅員が狭小な区間のバイパスとして機能する県道77号平塚松田バイパスが「かながわのみちづくり計画」において整備推進箇所に位置づけられたところであり、この道路の開通に向け、関係者が連携して取組を進めていく必要があります。

さらには、厚木秦野道路が、関係者のご尽力により用地取得や工事など着実に進捗しているところではありますが、早期の全線開通に向けては、整備を加速するとともに、未事業化区間については、段階的な事業化も考慮の上、早期に事業化を図ることを求めていかなければなりません。

今度はわたしたち自身が、ここにお集まりの皆様が、道づくりの未来を描く先人となるよう、努力を続けてまいろうではありませんか!

中井町としましても、小さな町ならではの、待ち得る力を存分に発揮しながら、皆様とともに努力を続けてまいります。今後とも着実な道路整備の推進をお願い申し上げ、私からの意見発表とさせていただきます。ご清聴ありがとうございました。